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石川啄木
(いしかわ・たくぼく)1886年2月20日-1912年4月13日。歌人・詩人・評論家。本名は、石川一(はじめ)。岩手県南岩手郡日戸村(現在の盛岡市玉山区日戸)生まれ。中学時代に、『明星』を読んで与謝野晶子らの短歌に傾倒し、また上級生の野村長一(のちの野村胡堂)らの影響を受け文学への志を抱く。短歌会白羊会を結成したのもこの頃である。1901年12月から翌年にかけて友人とともに『岩手日報』に短歌を発表し、啄木の作品も「翠江」の筆名で掲載される。これが初めて活字となった啄木の短歌であった。1908年上京。与謝野鉄幹に連れられ森鴎外宅での観潮楼歌会に出席。中学で一学年上であった金田一京助の援助もあり本郷区菊坂町赤心館に止宿、生計のため小説を売り込むが成功せず。逼迫した生活の中、「東海の小島…」「たはむれに母を背負ひて…」など後に知れ渡る歌を含め、続けて246首作り翌月の『明星』に発表する。11月『東京毎日新聞』に小説「鳥影」を連載。『明星』は終刊するも、続けて『スバル』創刊準備にあたる。1909年1月1日、当用日記に「今日から24歳(数え年)」と記す。『スバル』創刊、発行名義人になる。就職活動がみのり3月1日、『東京朝日新聞』の校正係となる。4月3日よりローマ字で日記を記す。ローマ字の記述全文が翻字され公刊されたのは啄木死後70年近く経た1970年代の全集刊行時からである。1912年、肺結核で死去。享年27歳。

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竹中柳皓(たけなか・りゅうこ)

綺麗な文章が好き。そんな文章が自分で書けたらどんなに良いだろう。
お気に入りの1冊と巡り会いたい。
気持ちはまだまだ夢見る乙女かな。(笑)

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